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頭でっかちの西欧人と違い、日本人は肌で、「人間の尊厳」なんてものが実は大したこと無いと知っていると思う。だから死刑廃止論をまだ上手く理解できない。それでいいのだと思う。
それこそ、自分は明日にも交通事故で死んでしまうかも知れない。子供が生まれそうになっても、産ませてくれる病院が無くて母子共々死んでしまって、ついでにダンナも自殺するかも知れない。ついこないだ、アメリカと(アメリカとだぜ!)戦争して、海、空、満州、東南アジアのジャングルで、ばんばん殺し殺されて来た。
もちろん、そんなことがないように努力はする。でも死はいつも隣にある。あって然るべきなのだ。ましてや「人を殺して死刑にならないと死ねない」なんてことはない。人間はもっと簡単に死ぬはずで、だからわざわざ殺したりする必要はないし、してはならない。それは、死がどれほどあっけないものかを良く知っていた日本人のメンタリティだ。
唯脳論ではないが、死や病が生活の視野から余りに遠ざかってしまって、異界として神聖化されている現状自体が変だと言えないだろうか。「人間の尊厳」や「幸福の追求」が、生者にしか許されない、と誰からか押しつけられていることに違和感を感じないのだろうか。死に方にも尊厳の在り方があるだろうし、幸福の多寡があるだろう。

環境保護もいいけれど、生と死についても、カオスなクールジャパン(笑)らしいスタンスを取れないだろうか。死の禁止をキリスト教が押しつけている西欧と同じ論理が、日本で通用するはずがない。